「また怒らせてしまった」と感じるとき
入浴介助の場面で、突然声を荒げられたり、腕を振り払われたりした経験はないでしょうか。
「また怒らせてしまった」
「自分の声かけが悪かったのだろうか」
「この人の介助は正直、怖い」
そう感じて、できれば距離を取りたくなる。
これは、介護職員として、人として、ごく自然な感情です。
しかし、ここで一つ立ち止まって考えてみたいことがあります。
その怒りや拒否は、本当にあなた個人に向けられたものなのでしょうか。
事例:入浴が好きなはずのAさんが怒る
今回紹介するのは、70代の男性利用者Aさんです。
Aさんはこれまでに何度も転倒を経験し、骨折を経て一度は歩行可能な状態まで回復しました。
しかし、発熱時の再転倒で腰を強く打ち、それ以降は強い腰痛のため車椅子生活となっています。
排尿困難があり、現在はバルーンカテーテルを使用中です。
入浴そのものは本来好きな方です。
ただし、施設の設備上、独歩できない利用者は湯船に浸かることができず、シャワー浴のみとなります。
その状況に対して、Aさんはよくこう言います。
「湯船に浸かれないなら意味がない」
「寒いし、今日はやめる」
少し苛立った口調で、介助を拒否することもありました。
「性格の問題」に見えてしまう理由
この場面だけを見ると、
Aさんは「短気」「頑固」「わがまま」に見えるかもしれません。
実際、周囲の職員の中には、
Aさんの怒りが怖くて、介助に入りづらくなっている人もいました。
しかし、怒りが出ている“その瞬間”だけを切り取ってしまうと、
本当の背景は見えなくなってしまいます。
怒りは、いきなり発生するものではありません。
多くの場合、積み重なった不快や不安が、ある場面で表に出ているだけです。
まず見たこと① 身体の状態
Aさんには、いくつもの身体的な負担がありました。
- 動かすたびに響く腰痛
- バルーンカテーテルに対する強い不快感
- 寒さに対する極端な弱さ
これらは、本人にとっては常に続く「しんどさ」です。
ただし、認知機能の低下もあり、その不快感を毎回うまく言葉にできるわけではありません。
なんかイライラする、という体験は高齢者に限らず、あることではないでしょうか?
本人もはっきりと認識していないままに、この身体的な不快感を募らせていた、ということです。
「寒い」「嫌だ」という言葉の裏には、言語化しきれない身体的苦痛が含まれていました。
まず見たこと② 環境と条件
次に見たのは、入浴環境そのものです。
- 湯船に浸かれないという施設上の制限
- シャワーの音や浴室の響き
- 介助が始まるまでの説明不足
Aさんにとっては、
「なぜできないのか」「これから何をされるのか」
が十分に理解できないまま、介助が進んでしまう場面もありました。
見通しが立たない状態は、人を不安にさせます。
不安は、拒否や怒りとして表に出やすい感情です。
やってほしいこと、してほしくないこと、やりたいと思っていること。
Aさんの中にはもちろんあります。
それらを、相手(介助者)が受け取ってないと思う段階で介助を進められると、どう感じると思いますか?
まず見たこと③ その人の背景
Aさんは70代です。
年齢だけを見れば「高齢者」ですが、ご本人の感覚は違います。
近年まで仕事をし、社会の中で役割を持って生きてきた世代です。
「まだ自分はやれる」という感覚が、心のどこかに残っています。
70代でも80代でも現役の人はもちろんいますので、その人によって差が大きい年代ともいえます。
その状態で、急に「介護される側」として扱われることは、
プライドを大きく傷つける体験でもあります。
この“老いをまだ受け入れきれていない段階”は、特に男性に多く見られる傾向だと感じます。
それでも介助が必要なとき、どう関わったか
Aさんに対して行ったことは、特別な対応ではありません。
- なぜできないのかを、論理的に説明する
- 「今日はやめますか?」と選択肢を出す
- 派生する愚痴も、否定せずに聞く
Aさんは軽度の認知症があり、同じ説明を何度も必要とします。
それでも、毎回同じ説明をすれば、その都度きちんと納得されました。
筋の通った話であれば、感情的にならず納得される方、という特性を得ることができますね。
では、どう対応するのが正解か、が自然とわかってくるかと思います。
また、特にイライラされている時は、話はしばしば、奥様や娘さんへの不満などといった話へと広がります。
それも遮らず、肯定も否定もせず、相槌を打ちながら聞いていると、次第に気持ちが落ち着いていくのが分かりました。
自分の話を聞いてくれているという以上に、
自分の思いを言語化することで、頭の中が整理されていったのかもしれません。
皆さんも、誰かに話を聞いてもらっているとき、
答えが欲しいわけではない、ただ聞いて欲しいだけ、ということはありませんか?
多分それです。
技術編:怒りを防ぐ「段取り」
入浴介助の技術面でも、いくつか意識した点があります。
Aさんは寒さに非常に弱いため、洗髪中も足浴を行い、
背中にバスタオルをかけ、その上から温かいシャワーを当て続けました。
体が温まると、人は自然と穏やかになります。
また、耳に水が入ることを極端に嫌うため、洗髪時には必ず行動の予告を行いました。
「今から流します」
頭にシャワーがかかりますよ、という案内をします。
これは介護の基本としてよく言われることですが、忙しい現場では省略されがちな部分でもあります。
しかし、人によってリアクションが大きく異なる場面ほど、この事前の一言が事故やトラブルを防ぎます。
なぜうまくいったのか
私がAさんの介助で一度も大きなトラブルを起こさなかった理由は、
特別な技術があったからではありません。
- 怒りが出る前に、条件を整えた
- 失敗しないための段取りを、日々の傾聴で積み重ねた
- 「敵ではない」「味方である」という関係性ができていた
Aさんは、「話を聞いてくれる人」「納得のいく説明をしてくれる人」として、私を認識していました。
その信頼があるからこそ、介助が成立しやすくなっていたのだと思います。
まとめ:怒りや拒否は「サイン」
怒りや拒否は、介護を拒んでいるのではありません。
もちろんあなたへの否定でもありません。
多くの場合、今の状態では無理だ、というサインです。
怒りが出たとき、
まず見るべきなのは感情そのものではなく、
- 身体の状態
- 環境や条件
- その人が積み重ねてきた背景
です。
少し条件を整えるだけで、介助が驚くほどスムーズになることもあります。
怒りを「問題行動」として片づける前に、何が足りていなかったのかを、一度立ち止まって見てみる。
それもまた、介護の大切な技術の一つではないでしょうか。
ここまで読んで、「そんな余裕ない」と思った方へ
ここまで読んで、
「そんなことしている余裕はない」
「現場はもっと忙しい」
そう感じた方も、きっといるのではないでしょうか。
そうです、まったくその通りです。
むしろ、日々現場で働いているからこそ出てくる、正直な実感だと思います。
理屈としては理解できる。
でも、それを現場で毎回落とし込むのは難しい。
人手も時間も足りない中で、一人ひとりに向き合う余裕なんてない。
その感覚は、この記事を書いている私も、十分に理解しているつもりです。
それでも「数分の傾聴」が意味を持つ理由
ただ、少し視点を引いて考えてみると、
この関わり方は「現場職員に負担を強いる話」ではないことが見えてきます。
一人の利用者が
「怒る人」「厄介な人」として認識されると、
- 怒らせるのが怖くて介助を避ける職員が増える
- 特定の「うまくやれる職員」に介助が偏る
- 偏りが不満になり、職場の空気が悪くなる
こうした状態は、どこの現場でも珍しくありません。
逆に、その人が
「話を聞けば分かってくれる人」
「段取りさえ合えば落ち着く人」
という認識に変わった場合、
- 逃げる職員が減る
- 介助の属人化が起きにくくなる
- 現場全体の心理的負担が軽くなる
という変化が起こります。
これは、上の立場にいる人ほど実感しやすい変化でもあります。
「傾聴に使う数分」は、回収できる時間かもしれない
一見すると、傾聴や説明に使う数分は「余計な時間」に見えるかもしれません。
しかし実際には、
- 怒りによる介助中断
- クレーム対応
- 職員間のフォローや愚痴の聞き役
こうした“後処理”に、もっと多くの時間が使われていることも少なくありません。
そう考えると、
最初に使う数分は、あとから十分に回収できる時間
とも言えるのではないでしょうか。
もちろん、毎回うまくいくわけではありません。
一度の関わりで劇的に変わることも、正直ほとんどありません。
日々の「根回し」を、少しずつ積み重ねる
だからこそ必要なのは、一発逆転の対応ではなく、日々の小さな積み重ねです。
- 今日は少し話を聞く
- 今日は一言、予告を入れる
- 今日は無理せず、やめる選択肢を出す
その積み重ねが、「怒りが出にくい関係性」を少しずつ作っていきます。
これは、介護の現場に限った話ではありません。
職場の人間関係でも、家庭でも、同じことが言えるのではないでしょうか。
最後に
この記事で伝えたかったのは、
「誰もが毎回、理想的な対応をしなければならない」
という話ではありません。
むしろ、
- うまくいかない日があってもいい
- できるときに、できることだけ拾えばいい
- その積み重ねが、結果的に現場を楽にすることもある
という視点です。
怒りや拒否を前にしたとき、
それを「問題行動」として切り捨てる前に、
ほんの少しだけ、条件や背景を見てみる。
その余白が、介護する側・される側、双方を守ることにつながるのではないでしょうか。