「嫌なもんは嫌」しか出てこない相手に、言葉は必要?

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事例:80代女性・軽度認知症

この利用者は、好き嫌いが非常にはっきりしていました。
気に入らないことがあると、嫌味を延々と並べる。
時には、職員に対して「アホ」「馬鹿」といった言葉を投げつけ、人格否定にまで踏み込むことも。

暇な時間帯であれば、まだ対応の余地はあります。
しかし問題は、現場が回らないほど忙しいタイミングで、
あえて手間のかかる要求を出してくることでした。

応じなければ激昂する。
気に入らない職員を暴言で排除し、
結果的に、特定の職員が一人で対応する状況が生まれる。

入浴介助の場面では、所要時間が倍以上に膨れ上がることも珍しくありませんでした。

説明は通じるのか

こちらが理由を説明しても、返ってくるのは決まって同じ言葉。

「嫌なもんは嫌!」

理屈ではない。
納得でも理解でもなく、ただ拒否。

この段階で、言葉を尽くすことが有効なのかどうか、疑問が残ります。

最終的に選んだ対応は「無言」

ある時、私は彼女の小言に一切反応せず、無言を貫きました。

叱責したわけでもない。
反論したわけでもない。
ただ、「今は何を言っても届かない」と判断して黙っただけ。

すると彼女は、
私が怒っていると受け取ったのか、
急に機嫌を取るような発言をし始めました。

しばらくしてフロアで再び会った時、
彼女は涙ぐみながら、「さっきは、わがまま言ってごめんね」と。

強い人間ではなく、強がる人間

彼女がこの施設でこうなってしまったのには原因があるのか。

周りの対応を見ていると、やたらと下手に出る発言をする職員が多いこと。

こちらが怒られる謂れはないのに「申し訳ございません」を連呼。
相手の機嫌をとるような、思ってもないヨイショ発言。

これだと調子づきませんか?
彼女の発言を誰も否定することなく、日頃から肯定し続けているのだから。

しかしここに来ての無言対応。
彼女もびっくりしたかもしれません。

推測ですが、彼女は実際には「気が強い人」ではなく、
「気が弱いからこそ強く振る舞う人」だったのではないかと思います。

自分から誰かを嫌って排除することには躊躇がない。
しかし一方で、相手が離れていく、嫌われる、見放される、
そうした状況への抵抗は非常に強い。

強い言葉は、防衛だった可能性が高い。

彼女は夜職で、女手一つで子どもを三人育ててきたという。
老後も子どもに頼らず、一人で生活していたそうです。

弱さを見せれば崩れてしまいそうな環境を、
長い時間、生き抜いてきた人なのだと思います。

そう考えると、私は彼女を「ただの意地悪な利用者」として切り捨てることができません。
彼女なりの生存戦略だったのだと捉えれば、ある程度は受け入れることも可能かなと思います。

それでも、許してはいけないラインがある

ただし、理解と許容は別問題です。

ここで彼女の行動を無条件に受け入れてしまえば、どうなるか。

  • 職員が怖がって逃げる
  • 特定の職員に負担が集中する
  • 排除が常態化する
  • 結果として離職が進む

この流れは、介護現場では何度も見て来ました。

元夜職ゆえか、彼女はとにかく口が立つ。
ならば、口で対抗する必要はありません。

無言になると、相手もそれ以上言い続けられない。
特に、内側が弱い人ほど、その沈黙は効く。

重要なのは、この「無言」は怒りではなかったという点です。

私は怒っていたわけではありません。
「今は相手にしない方がいい」と判断しただけ。

しかし結果として、それが彼女にとっては、十分に効く“薬”になりました。

何でもかんでも応じる必要はない

介護はサービス業ではあるが、
人格否定まで受け入れる義務はありません。

最低限のケアは、作業として淡々と行う。
しかし、
こちらは家政婦でも、従者でも、秘書でも、ホテルマンでもない。

マナーを逸脱する行為には、
それ相応の距離の取り方が必要です。

本来、現場で背負う話ではない

そもそも、人格否定を伴うような利用者対応を
「現場で何とかしてほしい」と丸投げすること自体が、
管理職の怠慢だと私は思っています。

介護技術には個人差がある。
経験値も違う。

雇用を守りたいのであれば、現場への配慮と介入は不可欠なはず。

働きやすい環境を整えることも、管理職の重要な役割です。

最後に

正直に言えば、自ら前線に立って対応してくれる、
気骨のある管理職を、私は介護業界でほとんど見たことがありません。

皮肉なことに、一番冷静で、現実的で、場を回しているのは、
時短パートの主婦だったりします。

現場は、今日もその人たちに支えられています。

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