「年を取れば丸くなる」は幻想だった

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介護現場で“意地悪な人”と向き合うという現実

まず前提として知っておくべきこと

年を取ると性格がよくなる、
誰もがおおらかなおじいちゃん・おばあちゃんになる――
これは現場では通用しない幻想である。

意地悪な人は、年を取っても意地悪なまま。
それが弱まるとは限らない。

この前提を無視したまま
「言っていることは正しいはず」
「利用者本位で受け止めなければならない」
という姿勢を取り続けると、疲弊するのは職員である。

事例:80代女性。車椅子使用

認知機能の低下があり、同じ話を繰り返す一方で、
「嫌だったこと」「気に入らない職員」に関する記憶は非常に鮮明である。

性格には強い癖があり、新人職員に対しては露骨ないびり行為。
気に入らない相手には徹底した介護拒否と暴言が見られる。
表向きは愛想よく振る舞うこともあるが、裏では悪口や不満を言い続ける。
特定の職員への嫌悪は時間とともに増幅し、関係修復が困難になる典型的なケースだった。

合理的な説明は、必ずしも武器にならない

この利用者は、合理的な話し合いが成立しにくいタイプだった。
感情で判断し、後付けで理由を作り、自分に不利な話は聞こえない。

こうした相手に
「それはルールだから」
「みんな同じ対応だから」
と説明を重ねても、関係は改善しない。

こちらが消耗するだけである。

私が取った対策:「貸しを作る」

そこで行ったのが、「貸しを作る」という方法だった。

人は誰でも、借りがあると立場が弱くなる。
これは善悪ではなく、人間関係の構造の話である。

ある日、彼女がヘアゴムを紛失して困っていた。
そこで私は、自分のヘアゴムを「内緒で」渡した。

本来はルール違反になりかねない行為だ。
もちろん裏では上司に許可を取っている。

しかし彼女には、こう伝えた。
「これ、内緒ですよ。私、怒られちゃうから」

意図的に「悪事の共有」をしたのである。

10円のヘアゴムが生んだ関係性

結果は明確だった。
たった10円程度のヘアゴム一つで、
私は一気に「お気に入りの職員」になった。

彼女の態度は変わり、会話の内容も変わった。

私はガーデニングの話をする。
彼女は花が好きだった。

「今、庭で何が咲いているの?」
と、会うたびに聞いてくる。

私も話せて楽しい。
彼女も聞けて楽しい。

この関係にかかったコストは、ヘアゴム一つ。
明確なWin-Winである。

正面から向き合わなくていい

介護の現場では、
「誠実に向き合うこと」
「正面から関係を築くこと」
が過剰に美徳とされがちだ。

しかし、人には合う・合わないがある。
それは職員同士でも同じだ。

その現実を無視して
常に理想的な関係を目指すから、疲弊する。

時間をかけて関係を築く余裕がないなら、なおさらだ。
チートは使っていい。

認知機能が低下していても、プライドは残る

この利用者は、理解力が落ち、同じ話を繰り返す。
しかし、プライドは非常に高い。

では、ここで下手に出るとどうなるか。

・わがまま放題
・理不尽なクレーム
・事実と異なる話を他職員に吹聴

こうした事態が起きやすくなる。

本人に認知機能低下の自覚はない。
だからこそ、特別扱いしない姿勢が重要になる。

「普通に」話すということ

必要なのは、過剰な配慮ではない。

同僚と話すように接する。
上でも下でもない。

おかしいと思えば「おかしい」と言う。
その通りなら「その通りだ」と言う。
誇張しない。
変に褒めない。

思ってもいない言葉は、相手を見下す

介護現場ではよく聞く言葉がある。

「おしゃれですね」
「かわいいですね」
「素敵な柄ですね」

本当にそう思っているだろうか。

多くの場合、それは気遣いという名の方便だ。
しかし、本人にとっては
「見透かされている」
「馬鹿にされている」
と感じることも少なくない。

私から見れば、
ヘアゴムを渡して機嫌を取る“チート”よりも、
思ってもいない褒め言葉の方が、よほど失礼だ。

実際、こうした適当な対応が、
信頼を失い、怒りを生む場面は多い。

まとめ:疲れないための現実的な関わり方

  • 年を取れば性格が良くなる、という前提は捨てる
  • 合理的説明が通じない相手もいると認識する
  • 関係構築に「貸し」を使うのは現実的な選択肢
  • 正面突破だけが誠実ではない
  • 認知機能が低下しても、プライドは残る
  • 思ってもいない言葉は言わない

介護は理想論だけでは回らない。
現場で必要なのは、きれいごとではなく、疲れない知恵である。

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